□2004年秋季東京六大学リーグ戦 戦評
2004.9.11~11.1
9月11日(土) 対 法政大学 一回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
| 法大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | X | 3 |
●越智、宮本―山岡
<戦評>
秋の初戦のマウンドを任されたのは越智だった。春は最後まで期待にこたえられず、不調のままでシーズンを終えた。本人も期するところがあったのだろう。それは引き締まった身体つきに表れていた。十分な夏練習期間の走り込みが読み取れた。
野村監督が越智を指名した裏には「お前がやらなければ早稲田の復活はないぞ」というメッセージが込められていたのだ。
越智も意気に感じたのであろう。5回までは申し分なかった。先頭打者を抑え込むことを第一義に、制球を重視して法大打線に立ち向かった。
その間、打線は3回、1死2塁で田中浩が右前打した。二塁走者の梁井は右翼手の好返球に憤死したが、田中が盗塁と捕手の悪送球で三進。武内が四球で続いたあと、山岡が中前にはじき返して先制した。
勝負は後半。そう思われた矢先の6回、越智が先頭打者に四球を与えた。崩れるパターンだ。送りバントのあと、三番に左中間を破られた。ただし、まだ同点である。ここで踏ん張ってこそ頼れる主戦投手なのだ。だが、2死後、左打者に左翼へ2ランを運び込まれた。
野村監督にしてみれば、2失点あたりをメドに継投のタイミングを計っていた頃合だったろう。それが、いきなりの本塁打。計算外の手痛い一発を浴びたのだ。
6イニングで3失点。「越智はよく投げた」と先輩の一人は言っていた。そうではない。今季の打線は得点力の低下が懸念材料なのだ。酷を承知で言えば、1点目はまだしも、2点目以降は、細心の注意を払って失点を食い止めるべきだったのだ。それがエースというものである。
(S39入学 六車 護)
9月12日(日) 対 法政大学 二回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 法大 | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 |
| 早大 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 2 | X | 7 |
大谷、○宮本―山岡
<戦評>
1回戦の敗戦経過を眺めて、はっきりしたことがある。今季の攻撃陣では、ビッグイニングは望めないこと。そのため、先発投手は先制点を与えず、辛抱強く投げて後半の継投のチャンスまで待ちこたえることなのだ。
大谷は前半の5回までに失策も絡んで3点を失い、2点をリードされてマウンドを降りた。責任を果たせなかった投球といわなければならない。
敗色が漂う窮地を救い、勝機を切り開いたのは、キャプテンの何が何でも勝たねばならないという意気地だった。左手には1回戦の1打席で受けた死球箇所に強いテーピングを施していた。
2点を追った6回、先頭の山口裕が左前打した。攻撃の選択肢を任された田中は、自分も生きる二塁前へのプッシュバントを選んだ。これはグットアイデアに思えた。バントの構えで一塁手を引き寄せ、二塁手が一塁ベースカバーに動いて空き地になる位置に強いバントのゴロを転がせば無死1,3塁も可能なのだ。
結果は、ゴロのコースが一塁手よりに転がって犠牲バントとなった。武内の右前打、米田の死球などがあって塁を埋め、連続押し出し死球でゲームを振り出しに戻した。
7回2死、田中は粘って四球出塁、すかさず二塁盗塁を決めた。武内も四球を選んだあと、山岡が右中間を破る2点三塁打した。
さらに、田中が勝利への執念をみなぎらせたのが8回だ。頭部へ死球が襲った。昏倒したキャプテンは、それでも立ち上がりながら代走の起用を拒み見ながら言ったそうだ。
「代わりたくない!」、「このままプレーを続ける!」
野村監督の説得で田中は、ようやく退くことを承諾したのだった。このあと、押し出し四球などの決定的2点を加えた。1勝1敗のタイで迎える3回戦、キャプテンが引っ張る“戦う集団”の力の結集を待ちたい。
(S39入学 六車 護)
9月13日(月) 対 法政大学 三回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 法大 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 1 | 0 | X | 5 |
●越智、宮本、大谷―山岡
<戦評>
先発のマウンドに立ったのは、再び越智だった。野村監督には、捲土重来を期待する重いがあるのは明白だった。具体的に言えば、「終盤を迎えるまで2点以内で凌いでくれ」だったろう。
ネット裏にいるOBたちは「死に物狂いで投げてくれ」、「勝たなきゃ男じゃないぞ」などと語り合っていたものだ。
2回だった。死球、左前打、犠打野選。あっという間に無死満塁の大ピンチを自ら招いてしまった。この窮状、切り抜ける望みを探るとすれば、法大の打線が8、9番に回ることだった。果たして、越智は後続打者に対して素早くカウントを追い込み3者三振に切って取ったのだ。
これで立ち直る。大方の目には、そう思わせるに十分の球威と制球力であった。だが、現実はそうならないところが悲しい。3回、簡単に2死後、4番と5番に連続長打されて1点を失った。
さらに4回、死球からピンチを広げ、三遊間突破安打で2点目。揚句の果て、ワイルドピッチで3点目を献上してしまった。1回戦では6回で3失点、今度は4回で3失点である。次のイニング、代打起用もあって、5回からのマウンドに越智の姿がなかったのは当然だ。いわゆる、ゲームを作ることが出来なかった罪は大きい。
2番手の宮本も失点を重ねた。打撃陣は、左腕投手のコーナーを突く直曲球に差し込まれ、泳がされ、振りの鈍いスイングを繰り返した。わずかに4安打散発。完敗だった。
(S39入学 六車 護)
9月25日(土) 対 明治大学 一回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 1 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 3 | 0 | 3 | 11 |
| 明大 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 |
○大谷、宮本―山岡
<戦評>
≪早大の大谷、投打の活躍≫
早大は、明大の左腕清代を想定し、右打線(武内を除く)を組んで成功した。トップの本田が初球を右前に軽打。この後、敵失に恵まれ、1死、二、三塁から武内の右犠飛。3回は大谷の右越え3塁打と、1死後伊地智の左飛で、大谷が本塁で好スライディング。先手、先手と攻めて優位に立った。
一方、投の大谷はいまひとつコントロール不足。甘い半速球を明大打線につかまっていた。初回は1死三塁を逃げたが、2回に2本の二塁打で追いつかれる。このあたりはシーソーゲームの展開だった。5回に明暗が分かれた。表の早大は2死から安打と2四球で満塁。清代のワイルドピッチ、山岡の殊勲の中前打で一気に4点差とした。
その裏、明大も、捕手山岡の三振振り逃げのパスボールを口火に、安打、死球の1死満塁。この大ピンチに大谷はタテのカーブと、チェンジアップを有効に使い、明大の3、4番を封じ無得点。ここで勝負が決まった、ともいえた。
早大は7回、やはり2死満塁から大谷が右中間に2本目の三塁打を放ち、走者を一掃した。投手大谷のねらい打ちの眼力には感心させられた。疲れたのか、今度は明大の3、4番に打たれたが、宮本が救って大事にならなかった。早大の1年生田中幸は、9回に代打で登場し、初打席、初ホームランの快記録も。早大は12安打、11得点の大勝で、久しぶりに溜飲を下げた。
(S27入学 酒井 敏明)
9月26日(日) 対 明治大学 二回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 明大 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 5 |
| 早大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | X | 6 |
越智、佐竹、○八田、宮本―山岡
<戦評>
≪田中幸、歴史に残る代打2打席連続ホーマー≫
早大の越智は、早々に自滅した。3回二死まで力投しながら、宇津野に一発浴びると崩れていく。3四死球を連発して押し出し。代わった佐竹も四球であっという間に3点のビハインド。それにしても越智の制球力不足は、目をおおいたくなる。
攻撃面でも、前半は拙攻つづき。初回は一死満塁で山岡併殺打。2回は二死満塁で本田三振。このあたり、チャンスのときの“好球必打”に欠けていた。ボールに手を出し、ストライクを見逃す、消極打法が目立った。
後半、ようやく早大にチャンスがめぐってきた。5回、山岡が左中間に長打して1点。序盤の不振の名誉をばん回し、打線に火をつけた。6回は二死一、三塁。ここで明大先発丹野が、一塁へけん制悪送球して一点差。本田が左前へ。代わった清代に、田中浩、武内が長短打を浴びせ、逆転に成功した。
7回は、代打のルーキー田中幸が、前日に続き、またもでっかい一発。歴史に残る初打席からの快記録で、ダメを押した。5回から3人目で登板の左腕八田は、緩急をおりまぜ、見事なコンビネーションで、代打倉持に一発を喫しながらも、4年生でうれしい初登板、初勝利となった。野村監督も「八田は流れを変えてくれた」と喜んでいたが、田中幸のバットとともに早大の新戦力を感じさせた。
(S27入学 酒井 敏明)
10月2日(土) 対 東京大学 一回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 東大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 早大 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 2 |
○大谷―山岡
<戦評>
早稲田は4回武内、米田の四球と秋山典の三遊間安打で1死満塁とし、大谷が2-1と追い込まれたあと、遊左に内安打して先取点。猪坂の遊ゴロは、遊~ニ~一と転送され併殺と思われた。これを一塁手が落球して追加点を拾った。
一週間前の対明治戦では打線が活発だったがどうしたことだろう。この試合も毎回走者を出し得点圏には5度も送った。しかし、あと1本が打てなかった。打とうとする気持ちが先走りするのかバットを強く振り切っていない感じが見受けられる。
大谷がよく投げた。6安打されたが、無四球。前半が変化球でカウントをとり、後半は直球に切り替えて、要所を落差のあるカーブで打ち取っていた。
9回、先頭の太田に右中間に落ちる不運な二塁打を許し、1死三塁のピンチを招いたが、代打前原を三振。木曽を左飛に仕止め、リーグ戦初完封を記録した。“大谷デー”といってもいいのではないか。
(S27年入学 増田 稔)
10月6日(水) 対 東京大学 二回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 1 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 2 | 1 | 1 | 8 |
| 東大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
○宮本、齋藤―山岡
<戦評>
早稲田は1回、2死1,2塁から山岡の左前適時打で先取点。4回には武内、山岡の連打と四球で1死満塁とし、宮本の打撃妨害で2点目をとった。だが、一気にたたみかける好機も猪坂が遊ゴロ併殺でものにできなかった。
早稲田らしさが出たのは5回から。
この回2死後、田中浩が右翼線二塁打で出ると武内が鈴木雅の初球を右へ高々と2点本塁打した。これで打線に活気が出てきた。
7回には東京大学2人目の松岡に梁井の左前安打から四球をはさみ武内、山岡が連打して6点目を挙げて勝負を決めた。武内にようやく本来の振りの鋭さが戻ったのは、後半戦に向けて大きな威力となるだろう。
宮本は今春の対明治戦に次ぐ二度目の先発だったが7回を2安打、8三振を奪う好投をみせた。低目球をうまく使っていたが、2死球を記録するなどコントロールに注文をつけたい。
1年春の対立教戦(1イニング)以来、けがでベンチ入りしていなかった齋藤(4年)が久々にマウンドを踏んだ。2イニングで2三振。死球の走者を出しただけで無難だったが、内外角をつく鋭い球威を望むのはまだ先のことか。
(S27入学 増田 稔)
10月16日(土) 対 立教大学 一回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 |
| 立大 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
○大谷―山岡
<戦評>
互いに出た1本ずつの本塁打で決着がついたが、残り試合を無敗でいけば優勝の望みがある早稲田と自力優勝が無くなった立教。この気力の上でのわずかな差で早稲田が増さっていたのではないか。
1点を追う早稲田は6回、先頭の本田が四球、三・四番が凡打して二死1塁となったが、米田が2-1と追い込まれた後の5球目を右翼へ本塁打して逆転。大谷がこの1点差を守りきった。
大谷は初回、2死後、比嘉に内角ストレートでストライクをとったあと、2球目は真中寄りの直球、これをうまく比嘉に引っ張られ、右本塁打を浴びた。コントロールミスだが、このあとは変化球を多投。2回から5回まで毎回得点圏に走者を背負いながら追加点を与えなかったのは見事だった。6回以後、一人の走者を出さなかった。「胸元をつく球を使えば投球の幅も増していたはず」 野村監督は大谷の好投を誉めながらも、厳しい注文もつけていた。
(S27入学 増田 稔)
10月17日(日) 対 立教大学 二回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 立大 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 2 |
| 早大 | 2 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 5 |
○宮本―山岡
<戦評>
≪逆転Vに夢と手応え≫
トンネルの向こうに、逆転Vの灯が見えてきたこの日、野村・ワセダの必勝戦略は「左投手攻略と比嘉、多幡封じ」だった。
立教の左腕・平田を予想した打順は、主砲・武内に続いて五番に当て馬を使い、平田の先発と分かると、開始直後から当たり屋・田中幸に差し替え、六番には、田中幸とともに左投手に強い秋山を置いた。
この左用シフトはズバリ的中。一回裏、一死満塁から二人の遊ゴロと右前タイムリーで2点を先行して主導権を握った。
楽になった先発・宮本は、140キロ前後の速球に落差のあるカーブとスライダー、チェンジアップを低めに集めて六回まで2安打無失点。80球を越えた七回に3本の二塁打を浴びて2点を許したが、左中間のフライをこぼして二塁打にした左翼・米田のミスがなければ完封も夢ではなかった。
これで勝点3は法政と同じだが、勝率で単独トップ。宮本は初完投でエース・大谷と並ぶ今季3勝目。夢の、先発2本柱確立にメドがついた野村監督は「宮本は気持ちがこもっていたな。大谷へのライバル意識が、いい結果につながっている」と目じりをさげた。
攻撃陣にも、大きな収穫があった。法大戦の死球で痛めた左手首が東大戦で悪化した主将・田中浩が、三回の右前ヒットで通算100安打を達成。史上24人目の勲章を手にした手負いの主将は「最後まで神宮の野球を楽しみたい。野村監督に教わってきたことを、残りの試合で出せるようにしたい」と早慶戦への決意を語った。
一方、野村監督は、残る早慶戦で勝点をあげれば優勝、と水をむけられると「それより先手必勝。それだけです。」と語気を強めた。そして続けた。
「これまで一生懸命やってきたことが少しずつ実って、いいチームになってきたということだろうね」
最後のシーズンの逆転Vに、野村監督は確かな手応えを感じているようだ。
(S34入学 生原 伸久)
10月31日(日) 対 慶應大学 一回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 早大 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 3 |
| 慶大 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 3 | 0 | 0 | X | 4 |
●宮本、齋藤、八田、佐竹―山岡
<戦評>
≪緒戦・惜敗、今日勝負≫
≪緒戦・惜敗、今日勝負≫
6シーズンぶりの優勝をめざす慶應、春の4位転落から復活Vが目前の早稲田。雨で順延の早慶戦は、どちらも負けられない勝負だった。
序盤は早稲田ペースで進んだ。3回、一死2,3塁から山岡のタイムリーと秋山典の犠飛で2点先行
ピリッとしない先発合田を3回1/3で諦めた慶應はその裏、6番岡崎の2本目のタイムリー2塁打で1点。6回には早稲田の2年生エース・宮本を無視満塁と攻め立てて、当たりや岡崎が中前に2点タイムリーで逆転。宮本をリリーフした斎藤から代打・金森宏が犠飛を上げて主導権を取り戻した。
2,3回のピンチを1点にしのいできた左腕・宮本はこの回、なぜ突然、崩れたのか。連続ヒットで無死1,2塁のピンチを迎えたあと、宮本は141キロの速球を連投して4番・中村を歩かせ無死満塁。このピンチでまたも岡崎を迎えた宮本が、落ちる変化球で2-2に追い込んだとき、ネット裏記者席で見ていた元西武監督の廣岡OBが「ここで正直に(速球)を行ったらいかれるぞ」と声を上げた。岡崎が、速球を中前に逆転タイムリーしたのは、その直後だった。
早稲田は8回、秋山典の中犠飛で1点を返したが、あと一歩届かなかった。
試合後、野村監督は、力尽きたエースの敗因を「今日は重心が高かったね。体が浮いていたから球離れが早く、その分、ボールも高くなった」と分析した。6回にムキになって打ち込まれたのも、負けられないエースの意地だったのだろう。
今後は連勝した方が優勝。慶應が2勝1敗なら法政の優勝となる。
(S34年入学 生原 伸久)
11月1日(月) 対 慶應大学 二回戦
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
| 慶大 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | 1 | 0 | 8 |
| 早大 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 |
●齋藤、八田、宮本―山岡
<戦評>
≪エース故障で野村監督の有終の美飾れず≫
早稲田が復活優勝するには、もう一敗もできない早慶2回戦。先発投手が、右の2年生エース大谷ではないことが分かって、ネット裏記者席に驚きの声が流れた。結論を先にいうと、この瞬間、慶應の6シーズンぶりの優勝が決まったといっていい。
早稲田の先発・齋藤廣は頑張った。4回投げて中村の2ランを含む5安打2失点。しかし1-2でリリーフした左腕・八田が6回、長短5安打とバックのエラーで打者一巡の5点を失って、野村監督最後のシーズンは終った。
「慶應の勢いはみごとだったね。おめでとうと言いたい。うちは、もう少し早慶戦らしい試合をしたかった。言い訳はしたくないが、大谷が早慶戦の前に故障した。背筋を痛めたんだけど、彼が万全の状態で早慶戦をやらせたかった」
野村監督が悔いを残した右の2年生エースが、背筋の激痛を訴えたのは、雨で第1戦が流れた土曜日の30日。監督はエースダウンの事実を隠し、左腕宮本の第1戦先発で勝負に出たが、突然のアクシデントがナインに与えたダメージは、やはり大きかった。
「でもね、在任6年で記録的な4連覇を含む5回も優勝できたのは選手のおかげ。いい選手に恵まれた、すばらしい6年でした」
報道陣には、つとめて冷静に敗戦と別れの心境を語った野村監督も、インタビューのあと、恩師の石井連蔵・元監督が「ご苦労さん」と手を握り、肩をたたくと、思わず大粒の涙をこぼした。名門野球部監督のプレッシャーに耐えてきた者だけに通じる、無言の対話だった。
(S34年入学 生原伸久)
